勇者ダイが帰ってきた。
大戦から2年、勇者の帰りを待ち侘びていた全世界が、その朗報に狂喜乱舞した。殊に、 若き女王レオナを奉ずるパプニカ王国は、大変な騒ぎである。国中が夜も明けぬうちから 祭りのように賑わい、城では世界各国の要人を招いての宴が催された。それは、千年に 一度と謳われた、大戦終結の宴を凌駕するほどの華やかな祝宴であった。
誰もが、この上ない美酒に酔いしれた。しかし、勇者と共に戦った仲間達ほど、この宴を 楽しんでいる者はいない。
「もう、みんな俺にかこつけて飲みたいだけだろぉ?」
大戦時よりは幾分大人びた顔つきで、ダイが子どもっぽくふくれれば、
「何言ってやがんだよ、お前のために俺らが世界何周したと思ってんの?俺だけでも 10周はしたぜ、なぁ?」
「俺は……11周ほどしたかな」
「何なんだよそのビミョーな見栄は!」
世にも珍しくヒュンケルとポップが漫才を繰り広げるほどである。夜の果てるまで、彼らは 笑い、歌い、踊った。ただ一人をのぞいて。

「お前、二次会来ねぇの?」
ポップはきょとんとして、ヒュンケルの後姿に問いかけた。
「人に酔った。悪いが、お前からダイや姫によろしく伝えてくれ」
「自分で言えよ」
もはや箸が転がってもおかしいらしく、酒に酔った顔でポップがケケケと笑うと、ヒュンケルは 不意に真顔で振り返った。
「ポップ」
「あん?」
「世話になったな」
「はぁ?」
何言ってんのお前、と問う声に答えず、ヒュンケルは長い廊下を歩き始めた。
「おーい、ポップ、何してんだよ」
「お、おう!」
ダイの声に応じてから、もう一度回廊に目をやったが、兄弟子の姿はもはやなかった。

「うー……やべ、吐く」
いや、実際もう吐いたけど、とポップは誰にともなく苦笑した。理由は色々思い当たる。
クロコダインに飲まされたやたら濃い酒とか。チウのおよそ音程というものを無視した 歌声とか。アバンのストリップとか。厠でポップの背をさすってくれたフローラは、 「まったく何考えてんのかしら、いくら仲間内だからって!」と良人の宴会芸に文句しきりで、 師匠思いのポップは吐きながらもアバンのフォローをしなければならなかった。
「大丈夫ですか」と心底心配そうなメルルの手を丁重に払って、ポップは寝室へと向かった。
レオナに無期限で貸し与えられた寝室は、よりにもよってヒュンケルとの共用である。
「あいつ寝てるといいなぁ……いくら何でもあいつと二人じゃ場が持たねぇよ」
あいつは俺と違ってザルなんだから、朝まで飲んでりゃいいのに。
寡黙な兄弟子の顔を思い出し、ポップは軽く息をついた。目の前の角を曲がれば、寝室の 扉である。扉を開けたそのとき、寝息が聞こえてくることを祈りながら、ポップは扉の取っ手に 手を伸ばした。
「……あぁ……っあ、あ……」
ほんの少し扉を開けたところで、ポップの手は自然に止まった。妙な声が聞こえる。女の声のような、 それにしては変に高くて不安定な……動物の声?本能的に気配を消しながら、ポップは僅かな隙間から 部屋の中を覗き見た。
「はぁっ……あ……ヒュン、ケ……」
物狂おしく、声は兄弟子の名を呼んだ。途端、部屋の中で蠢いている影が、いっそう激しく動き始めた。 豪華な天蓋に覆われたベッドの上、二人の男女が、まるで一体の獣のように絡み合っている。
ポップの鼓動が高鳴り始めた。思いがけず兄弟子の閨房を覗いてしまったから、ではない。彼の体の上に 跨り、身も世もなく喘いでいる、女。ポップの目は、その肉感的な裸身に釘付けられていた。
「あぁ、いい、いいの……ヒュンケル、ヒュンケル!」
あんな彼女は知らない。第一、彼女はついさっきまで、宴の場にいたはずだ。アバンの使徒の長女役らしく、 甲斐甲斐しく来賓の世話を焼いていた。あれは……ああ、あれは。まだヒュンケルが宴を抜ける前だ。ヒュンケルが いなくなった後、彼女を見たか?酔いが醒め、恐ろしいほど冴えた頭が答える。見ていない。慣れない酒と、 親友が帰ってきた喜びにはしゃいで、気にも留めなかったが、一度も見ていない。
「好きよ、ヒュンケル……あなた、が、好き……っ!」
ポップは茫然と、彼女の言葉と、月明かりのなかで上下に跳ねる桃色の髪にとらわれていた。

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