「あ、待って!」
指を挿れようとしたとき、彼女が弾かれたように叫んだ。悪戯が見つかった子どものように、俺はその場で固まった。
何でだ。もう十分濡れてんのに。やっぱり恐いのか。それとも、俺の鼻息が荒くなってんのがばれたのか。
俺は無意識に鼻から下を手で覆いながら、「どうしたんですか?」と問いかけた。
「だって、さっきから私ばっかり、色々してもらってるよ」
人形みたいだった彼女が、よいしょと身を起こす。人形のままでも、俺はいっこうに構わなかったんだが。
「そういうの、マグロっていうんでしょ?」
「マ、マグ……」
俺は絶句した。凄いこと言うな、最近の女子高生は。
「私も何かする」
「いや、いいですよ、俺は……おかげさまで、その、すげぇ元気ですし」
そうなのだ。マイサンときたら、触れられてもしゃぶられてもいないっていうのに、視覚や手のお相伴に預かるだけで、 はちきれそうなほどりんりんになっている。高級枕営業の姐さん達に構われ慣れてるとは、到底思えない。
このうえ何かされたら、最悪、即起爆する。一触即発ってやつだ。
そんな俺の息子事情を知って知らでか、梅村さんは今までの大人しさを取り返すかのように、ずいっと身を乗り出した。
「駄目!ちゃんとするから」
「ちゃんと、って……」
「本で読んだから、大丈夫。知ってるよ」
梅村さんは俺のそれをまともに見て、一度驚いたように身を竦め、それでも果敢に手を伸ばしてきた。
何という勇気。俺は自分のもんだから見慣れてるが、こんな奇っ怪なもの、初めて見たら目を背けるのが普通だろう。 彼女の身体を隅々まで見せてもらったが、どこもかしこも、綺麗なものばっかりだ。その彼女が、こんなものに 触れようとするなんて。
俺は彼女の、儚げな風貌に似合わない勇気に感服した。

梅村さんはまず、俺の男の部分を力任せに擦り上げた。
「いでっ……!!」
「あ、ごめん!」
彼女は慌てて手を離した。おろおろと「ごめんね」を繰り返す彼女に、俺は無理にでも笑顔を向ける。人一倍気ぃ遣いらしい彼女を、 心配させてはならない、その一心だった。たとえここに焼き鏝を押されても、俺は笑っててやろう。
「や、大丈夫っす……ええと、とりあえず、唾で濡らしてもらえますか?手につけるのでも、直接でもいいんで」
「唾?」
「はい。ぬめり、っていうんですか、あの、擦れないように……」
彼女は感心したように自分の両手を見て、「唾か……」と呟き、ぺっぺと一生懸命に細い指を濡らした。それから唾液を纏った手で、 痛くてちょっと萎えた俺の息子に、おずおずと触れる。腫れ物を扱うようにゆっくりと動く手が、あんまり気持ち良くて、俺は 腑抜けた声で喘いでしまった。
「うわ、や、っべ……」
「痛くない?」
「いや、もう……気持ち良すぎです。いきそう」
情けなくも上擦った声でようやく告げると、彼女は心から嬉しそうに笑った。根気良くろくろを回す職人のように、 彼女は単調に俺のを擦り続ける。緩急を自在に操るプロの技よりも、何故だかそれは何百倍も気持ち良かった。 それは多分、その手が、他の誰でもない、梅村さんのものだったからだ。
俺は天井を仰いで息をつき、懸命に暴発をこらえた。もし叶うなら、いつまでもこうしていたい。確かにそう思っていたのに、 人間ってやつは……いや、俺は何て強欲なんだろう。気が付くと、俺はかすれた声で彼女に懇願していた。
「梅村、さん……それ、舐めてもらえませんか」
「えっ……これを?」
「はい。あ、嫌ならいいです」
彼女が断れないと知っていて、俺は卑怯にも付け足した。一番嫌っていたはずの、計算高い男に、俺はなっていた。恋ってやつは、 人をどこまでも醜く、ずるくさせるらしい。ツルゲーネフも見落としていた真実を、俺はそのとき見つけた。
彼女はひどく真剣な顔で手の中のものを見据え、やがて思い切ったように目を閉じると、それに口を寄せた。

―――うおっ?!!
だが、いざやられてみると、うろたえたのはむしろ俺のほうだった。彼女の舌が俺の筋に沿って這う。上へ、下へ。それだけのことなのに、 俺は何かやばい薬でも嗅がされたみたいに、色んなもんが飛びそうになっていた。
―――なっ……何だこりゃ?!一体……!!
目を細めて眉をしかめ、一生懸命舌を遣う、彼女の横顔。それを見るうち、俺はその異常な快感の正体に気付いた。
―――コノヤロー、いつの間に……?!
内心で怒鳴りつけても、もう遅かった。俺の胸をしつこく苛んでいた、あの樵。あいつがいつの間にか下降して、そこにいやがったのだ。 樵はざまぁみろとでも言うようににやりと笑い、俺のゴールデンボールに斧を振り下ろした。痛みはない。ただ、圧倒的な快感が 押し寄せて、俺は一溜まりもなかった。
―――ファーーーーっ!!
その獣じみた叫び声を、口に出さなかっただけ、自分で自分を褒めてやるべきかもしれない。自制心なんて、そのときの俺には欠片も なかったのだから。小学校のときの夢精以来、俺は初めて自分の意思に拘わりなく、ぶちまけてしまっていた。

いや、褒めることなんかない。一つもない。白濁まみれで、ぽかんとしている梅村さんの顔を見て、俺はそう確信した。
「すっ……すいません!」
サイドボードから奪い取るように何枚ものティッシュを摘み出すと、俺は必死で梅村さんの顔面を拭いた。
何やってんだ。これじゃ、どっちがバージンか分かんねぇじゃねーか。
自棄のように次々とティッシュを繰り出しながら、俺は泣きそうになっていた。生物の時間にえころじぃってやつを習ったばかりだが、 今の俺には梅村さんの顔を綺麗にすることのほうが大事だ。
「すいません!」
「い、いいよ、ちょっとびっくりしただけ」
大量のティッシュに溺れながら、彼女はそれでも気丈に言った。ティッシュをかきわけるようにして現れた、彼女の顔は、 何故だか幸せそうだった。
あんなもんをぶっかけられたっていうのに。俺は梅村さんの心の広さに改めて感激し、その頬を手で包んで、唇を寄せた。
「ちょっ……今、汚いよ!」
「いや、俺のですから」
「あ、そっか」
ふにゃりと笑う彼女の顔に、いくつものキスを落とす。あれの生臭さを覚悟していたが、あらかた拭き取られたせいか、彼女の花みたいないい匂いに 掻き消されていた。

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