「……な…に、を……?」
レオナは切れ切れの声で懸命に問うた。まだ信じられなかった。6年前、彼女の面前で正義のためだけに戦うと誓い、
その言葉通り、命を賭けて勇者と共に戦い続けた剣士の、突然の豹変が。
どうして。何するの。あなた、本当にヒュンケルなの。問いかける言葉は、声帯をも制圧しているらしい暗黒闘気
ゆえに、一つとして声にはならなかった。
その様を見ていられず、ヒュンケルは視線を床へ逸らしたまま、黒い気を操った。二度と使わぬと誓った、呪わしい
術ではあるが、姫を傷つけることも、護衛の兵に勘付かれることも万に一つすらなく事を終えるには、他に方法がなかったのだ。
レオナの指が、彼女の意思に反して、その身にまとう夜着に手をかけた。震えながら、細い指が一つ一つ、ボタンを
外していく。寝仕度ゆえ、この薄い夜着一枚が滑り落ちてしまえば、レオナの体を隠すものはショーツ一枚しかなくなってしまう。
「い……や、……め、て……」
掠れながら、レオナの細い声は訴える。それは、どんな罵りの言葉よりも強く、ヒュンケルの胸を苛んだが、ヒュンケルが
闘魔傀儡掌を緩めることはなかった。
ふぁさりと、夜着がシーツに沈む音が、広大な寝室の闇に飲み込まれた。この国一の権力者にして、パプニカ王族最後の
末裔。そして、ヒュンケルが師アバンの次に敬愛する女王であり、弟弟子ダイの生涯の恋人。その彼女が、無理矢理に
裸身を晒され、抗えずにいる。もしもこれが、自分以外の者のしわざなら、仲間の誰かでない限り、ヒュンケルは即座に
その不埒者を斬り殺していたかもしれない。
ヒュンケルは罪悪感に身を斬られながら、寝台に膝を乗せた。懐をさぐり、バダックに託された媚薬を取り出す。
「お苦しみの薄らぐ薬と聞いています」
短く囁き、レオナの口に、小瓶をあてがった。微量だが即効性の強いその薬は、バダック本人が調合したものである。
しかし、レオナが精一杯の抵抗をしているせいか、ヒュンケルの術で彼女の身体が強張っているせいなのか、液状の薬は
うまく飲み込まれずに、半分以上が唇の端から下頬へと流れ出てしまう。ヒュンケルはこぼれた媚薬を舐め取って
口に含むと、レオナに口付けた。ヒュンケルの口内から薬を流し込まれ、レオナがうぅ、と低く呻いた。
それは苦しさからではなく、ダイ以外の男に唇を奪われた悔しさからだったのかもしれない。レオナの頬を包んだ自分の手に、
彼女の涙を感じて、ヒュンケルはそう思った。
華奢な裸の肩をつかみ、レオナの身体にのしかかると、ヒュンケルは初めて彼女の顔と
正面から対峙した。黄金色の長い髪がシーツの上に散らばり、青い瞳は涙をたたえて
見開かれている。そこに、女王の威厳など微塵もない。ヒュンケルが組み敷いているのは、
ただ男に怯えるばかりの哀れな少女だった。
ヒュンケルは痛わしげに目を細め、術の力を弱めた。
レオナの目に安堵の光が宿る。しかしその顔は、すぐさま激痛に歪んだ。
「いやぁぁっ!!」
高く叫んだ声は、ヒュンケルの大きな掌に封じられ、くぐもった小さな悲鳴に変わった。
誰にも晒したことのない場所に、たとえようもない激痛が荒れ狂っている。
それがヒュンケルに犯されかけているからだと、想像することさえレオナにはできなかった。
「んんぅ!んう!!」
「………!」
前戯なしに、処女であるレオナを犯すこと。いささか無茶ではあったが、一刻も早く
事を終えたいヒュンケルは、バダックの媚薬の力を信じ、ひたすらに急いだ。
「んーーっ!」
あまりの性急さに、レオナの膣壁はぎしぎしと軋んだ。まるで拒むように
締め付け、ヒュンケル自身の侵入を半分も許さない。とても射精に至ることは
できず、ヒュンケルは諦めてその身をレオナから引き抜いた。
破瓜とも、膣壁を傷つけたともつかない鮮血が、引き裂かれたショーツに落ちる。
レオナは放心したように、天蓋を見上げて泣いていた。
「さわらないで」
再びレオナに触れようとしたヒュンケルに、レオナは低く言い放った。手を止めた
ヒュンケルを睨みつけた、レオナの目は、いつもの勝ち気さを取り戻していた。
「それ以上私を汚したら、許さない。殺してやる」
燃えるような彼女の目を、ヒュンケルは眩しく感じた。彼女の強さは、どこから
くるのだろう。大戦の最中、ヒュンケルは彼女の強さを数え切れぬほど目の当たりに
してきた。戦う強さ。恐れぬ強さ。そして、許す強さ。
「……姫の、お心のままに。もとより、俺の命は貴女から頂いたものです」
本心から、ヒュンケルは言った。6年前、罪人として斬り殺されて当然だった自分を許し、
正義の使徒として戦わせてくれたのは、他ならぬレオナである。彼女の手にかかって
死ぬことに、何の未練もあるはずはなかった。
自らの旅着を脱ぎ捨て、逞しい上身をレオナの胸上に重ねる。首筋に口付けると、レオナは
喉の引き攣ったような短い悲鳴をあげた。
「いや……!!」
レオナは渾身の力でヒュンケルの身体を押し返す。しかし、女の腕力、ましてヒュンケルの術で弱められた力である。
鍛え上げられた剣士の肉体は微動だにせず、レオナの両手はヒュンケルの肩にかけられたまま震えるばかりだった。
抗えない。絶望に挫けそうになる心を、レオナは持ち前の強さで懸命に奮い立たせた。
負けるものか。このまま抱かれてなどやるものか。目の前の男―――今の今までかけがえのない仲間だったこの男を、
たとえ殺してでも。レオナは、指先に残された力を振り絞り、ヒュンケルの肩に爪を立てた。戦士の身体とはいえ、
皮膚の脆さは常人のそれと変わりなく、形の良い爪を突き立てられた彼の肩は、幾筋かの血を流した。
ヒュンケルは眉一つ動かさず、その様を見ていた。これ以上続けたら、姫の手に痛みが残ると判断したとき、
初めて彼女の手首をつかみ、シーツの中に押し込めた。
レオナの胸に数滴、ヒュンケルの肩から紅い血が落ちる。ヒュンケルはそれを唇で吸い取ると、そのままレオナの
蕾を口に含んだ。
レオナの身体に異変が起こったのは、その時だった。
「…………!!」
華奢な白い身体が、弾かれたように跳ねる。全身を占める未知の感覚が自分のものと、レオナは信じることが
できなかった。戸惑う間にも、ヒュンケルの手がレオナの全身を這い、甘やかな感覚は坂道を転がるように
速さを増していく。
「ぁんっ!」
耳朶を舐られ、自らの口をついた声に、レオナは耳を疑った。違う。こんなのは違う、私じゃない。
自分の身体が内部から瓦解していくようなその恐怖を、レオナは知っていた。そなたは余のものになるのだ、と。
まるでもう決まったことのように大魔王に断言され、ダイが無力に痛めつけられるのを見せ付けられたとき。
ほんの一瞬、レオナは大魔王の言葉を信じた。ダイ以外の男にこの身を委ねることを。あのときと同じだ。
しかも、あのときのようにその恐ろしい考えをすぐさま捨て去ることが、今はできない。
「……薬の、せいです。お気に病まれることはありません」
「!!」
レオナの心を見透かしたように、ヒュンケルが耳元で囁いた。
薬。彼の口から無理矢理に含まされた、あの液体のことだろうか。
レオナの心の最奥で、誰かが笑う。あんなものが何だというのだ。もっともっとと、まるで娼婦のように性感を
求めるこの衝動も、薬のせいだというのか。
「やめて……やめてぇ!!」
闘魔傀儡掌で抑えられていなかったら、その声は絶叫になっていただろう。悪夢に怯える子どものように、
首を振りながら泣きじゃくるレオナが哀れで、ヒュンケルは再びその手でレオナの口を覆った。
考えるな。何も考えてはならない。思案なら、この寝室に向かう前にし尽くした。レオナが王族でさえなければ
などという、愚にもつかない仮想も、何度も繰り返したものだ。ヒュンケルは自分に言い聞かせながら、
機械的にレオナの身体をまさぐり、その性感を高めた。
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