石造りの床に背中を叩きつけられ、マァムはむせ返った。絞首から解放されたというのに、咳き込んでしまって
呼吸がままならない。頭に酸素が回らないせいなのか、目に浮かんだ涙のせいなのか、歪みきってしまった視界の
なかで、ヒュンケルは確かに笑っていた。
「う、う………」
魂さえ悪魔に売り払ってしまったかに見える兄弟子に、マァムは必死で呼びかける。
お願い、目を覚まして。お父さんが最期に遺した真実を、どうか信じて。
しかし、呼吸さえままならないマァムに、それを言葉にすることはできなかった。苦しげに咳を繰り返すマァムを、
ヒュンケルは冷たく見下ろす。
「このまま撲り殺してやるのもいいが……それしきでは足りんな」
ヒュンケルは独りごちると、再び懐刀を手にし、マァムの脚を開いてその間に割り入った。
「なっ……?」
本能的に怯えるマァムに、ヒュンケルは酷薄に笑い、ミニスカートからのぞく彼女のショーツに刃の切っ先を
当てた。マァムの表情が恐怖に歪む。
「傷を負いたくなければ動くな」
「い、や……」
掠れるようなマァムの声を無視して―――否、むしろそれを楽しむかのように、ヒュンケルは口元の笑みを増し、
刃を持つ手に力を込めた。
「きゃああぁぁぁっ!」
絹を裂くような悲鳴が、独房に谺する。下半身を冷気に嬲られ、マァムは恐怖した。反射的に閉じようと
した脚は、しかし、その付け根をヒュンケルに掴まれてしまっている。
「やめてっ!何するの?!」
マァムの叫びに答えず、ヒュンケルは両の親指でマァムの陰門を開いた。
ほとんど光の射さない独房は闇に閉ざされているが、この地底魔城で幼少期を過ごしたヒュンケルの目なら、
マァムのそこをはっきりと捉えているに違いない。羞恥心から、マァムは火がついたように足掻いた。
必死の様のマァムを、ヒュンケルは嘲笑う。
「見ないでっ!」
「やはり、まだ男を知らんな。ちょうどいい」
マァムの秘口に顔を寄せて呟くと、ヒュンケルは突然、マァムのそれに唾棄した。
「?!」
驚くマァムを他所に、ヒュンケルの親指が彼の唾液をマァムに塗り込める。口付けさえまだ知らないマァムは、
その行為に性感など感じる術もなく、ただ怯えた。がちがちと歯の根の合わなくなったマァムを、
ヒュンケルは満足げに見遣る。
「何をされるかは分かっているようだな」
「い……や……」
「敵方の将に犯されるのだ。正義の使徒にはまたとない屈辱だろう?」
犯される。その言葉に、怯懦していたマァムの体が再び暴れ出した。
嫌だ。こんなのは嫌だ。助けて、誰か、誰でもいいから、お願いだから。
「いやあぁぁぁっ!!」
身体の中心からかけのぼる叫びは、地底の城の奥底で虚しく響き渡った。その声を耳にしたのは、命なき
骸と眼前の陵辱者だけ。
泣き叫びながら、マァムは身を裂く痛みに焼かれた。
夢だ。これは夢だ。
虚ろな繰り言は、その場所の灼け付くような痛みに悉く否定された。剛直が往復する都度、傷が抉れるのか、
痛みはその強さを増していく。
「やっ…あぁ…!痛い!痛いぃ!」
苦しみを訴えても、ヒュンケルを喜ばせるだけだと分かっていてなお、マァムは叫ばずにいられなかった。
マァムは痛みへの耐性が人一倍強い。もともと女性は男性に比して痛みに強いものだが、分けてもマァムは、
戦士だった亡父の打たれ強さをそのまま引き継いでいる。どんな相手と戦っても、痛みに屈したことだけはなかった。
しかし、今マァムが執拗に嬲られているそこは、指一本他人に触れられたことのない処女地である。ヒュンケルが
吐き捨てた唾液は、彼が侵入する際に益したに過ぎず、少しもマァムの痛みを和らげてはくれなかった。
「うっ……うぅ……」
涙のように、その場所が血を流す。だらだらと溢れゆくそれは、石畳の床を黒々と染め上げ、染み付いた。
ひやりと頬に触れたものに目を遣って、それがヒュンケルの手と気付く。欲情など微塵も感じられない、冷たい、
乾いた手。彼の心を占めているのは、ただ憎しみでしかない。
「どうだ?一度は哀れんだ相手に、辱められる気分は」
「あ……っく……」
血の通わない手、言葉。それは、鉛のように冷たくマァムの心を押し潰した。こんな風にされたくはなかった。
彼には、もっと……―――もっと。
「穢れろ。貴様の偽善に相応しいところまでな」
「………っあぁぁ!!」
突き動かされ、背後の石壁に背を打ちつけられる。抽送の度に背に受ける、その冷え冷えとした痛みはやがて、
マァムから悲鳴をあげる気力さえ奪い去ってしまった。
とろとろと、体の中心から蹂躙の名残を溢れさせる女を、ヒュンケルは殊のほか穏やかな眼差しで見下ろした。
「どうした、アバンの使徒。楽しみはまだこれからだぞ」
汗にまみれた額から、桃色の前髪を掻きあげてやりながら、ヒュンケルは笑う。それは、何も知らない
他人が見れば、恋人のそれと見紛うかもしれない、優しい仕草だった。
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