「おやぁ、奇遇ですねぇヒュンケル」
弟子の顔を見るなり、アバンは快活に笑った。対峙するヒュンケルの顔は、彼には珍しく、驚いて固まっている。
十何年振りでしょうね、あなたのそんな顔を見るのはと、アバンはなおもにこにこと笑う。
「先生……」
「どうしてここへ、ですか?さてね、不思議と気が向いたんですよ。ハドラーが呼んでくれたのかもしれませんね」
何せここは、と言い掛けたアバンの言葉を、ヒュンケルは遮った。二人が立つのは、黒々と切り立った断崖。
裾野に広がる荒れ地は、かつて「地底魔城」と呼ばれた場所である。
「マァムから、聞いたのですか」
「おや、マァムには話したんですか?」
ヒュンケルはぐっと口を噤む。とても叶わない、この師には。ヒュンケルは促されるまま、断崖に腰掛けていたアバンの
隣に座った。
「……大魔王は倒れた。ダイ君も帰ってきた。戦うことでしか罪を償えないと思っているあなたが、何を考えるかぐらい
分からなきゃ、師匠失格ですよ」
「ずっと、決めていたことです。いくら先生でも、お言葉に従うことはできません。罪人の俺がなすべきことなど、
平和を取り戻したこの世にはない」
ヒュンケルは、かつて自らがパプニカ殲滅の拠点として治めていた場所を見下ろした。
直接手を下しただけでも、一体何人の人間を屠っただろう。
地の底から、亡者たちの呼び声が聞こえるような気がして、ヒュンケルはゆらりと立ちかけた。
ぽん、と頭を撫でられ、ヒュンケルは驚いて師を見遣った。既に立ち上がっていたアバンが、慈愛に満ちた瞳で
弟子を見下ろしている。
「ここで初めて会ったとき、あなた、ちょうどこのぐらいの背丈でしたね。あんなに幼くして、父親を亡くしたあなたが、
仇の私に何を思うか、気づけないはずはなかったのに……私はあなたの孤独にも、復讐心にも気づいてあげられなかった。
川に溺れたあなたを見失ったとき、どれほど後悔したか。もう、あんな思いはたくさんですよ」
普段は飄々と流れるような師の言葉に、ありありと滲む苦悩が、ヒュンケルを打ちのめした。
「あなたが命をもって罪を償うというなら、私も同道しましょう。幼いあなたに道を誤らせた私も、同じ罪を負って
いるのですから」
「先生……!」
「できるなら、私はまだ死にたくないんですよ。愛妻が待ってるんでね」
言いながら、ウインクを一つ。苦笑を浮かべながら、ヒュンケルは思う。本当に、叶わない。
「あなたもでしょう、ヒュンケル。誰とは言いませんが、昨日、『宴を抜けてヒュンケルに告白したいんですけど何て言ったら
いいと思います?』なんて可愛い相談をしてきた子がいましてねぇ。誰とは言いませんけど」
「……マァムが……本当に愛しているのはポップです。俺のことは忘れて、ポップに本当の思いを伝えろと」
「えー?じゃあOKしないままやっちゃったんですか?トゥーバッド、無責任ですね」
「………っ?!」
「まああなたも若いですから仕方ないですけどね、据え膳食べるのは。ただ鍵は閉めておいたほうがいいですよ。
ややこしい相手に聞かれることがありますから。たとえば、宴会リタイヤしてきた弟弟子とか。彼が吐いたのって
私の宴会芸のせい?と心配して追いかけてきた師匠とか」
「……まさか……」
「壁に耳あり。これから修羅場でしょうけど、まあ頑張って下さい」
青ざめた弟子に、師匠はからからと笑う。トベルーラで吹っ飛んできたポップが二人を見つけるまで、あと1分30秒。
End
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