少年が立ち去った後で、幼女は、姿のないのを心配して探しに来た父親によって発見された。
恐らくは、少年が最後に見たままの、裸に剥かれ、下肢を血にまみれさせた姿で。
幼女は、「しらないおじちゃんに、いじめられたの」と言い張ったが、彼女の父も母も、少年の師も、 その言葉を信じなかった。彼女が発見されたのは、少年が毎朝剣の自主稽古に励んでいた場所 だったからだ。そして、罪を問い質す師の言葉に、少年は肯定も否定もしなかった。
師は、幼女の母が止めに入るまで、少年を殴りつけた。穏やかな師に手を上げられたのは、それが 最初で最後だった。切れた唇の血を拭いながら見上げると、師は涙を流していた。幼女の父が、 弟子ともども二度とこの村に足を踏み入れるなと、師に宣告していたので、それが悔しいのだろうと、 少年は無理にでも思うことにした。
記憶を消す魔法があるらしいので、それを試してみるという幼女の母に、深々と頭を下げ、師と少年は 村を後にした。五寸先さえ見えない夜の森を歩きながら、少年は鬱屈していた。仇の娘を辱め、 あの戦士と僧侶を悲しませることができた。師と戦士の友情を引き裂くという、予想外の成果まで 得ることができた。なのに何故、心が晴れないのだろう。何故あのとき、あの娘の前で泣いたりしたのだろう。
何故、あの娘は、抗おうとはしなかったのだろう。父親に嘘をついてまで自分を庇ったりしたのだろう?
少年の脳裏を、少女の笑顔が駆けていった。一度も優しくなどしてやらなかったのに、いつでも自分に 纏わりついてきた、小さな少女。あんなものは幼子の甘えだと切り捨てることが、少年にはもはやできなかった。 傍らを歩く師に気付かれぬようひっそりと、少年は涙を流す。あんな子どもに借りを作ったのが悔しいのだと、 なおも頑なに心を偽りながら。
いつかまた、あの娘に会うことがあったら。どんな立場で出会ったとしても、助けてやろう―――借りを返すために。
山道の彼方から射す陽光をきっと見据えながら、少年は誓った。

END



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