空が赤い。黒雲が禍禍しくとぐろを巻いて、こちらを見下ろしている。
バーダックは寝転んだまま、舌打ちをした。頭の下で枕代わりにしているのは、先刻殺した
異星人の骸だ。昨日まで生きていたとは思えないほど、冷たく固い。それが悪いのか、
疲れているはずの頭が妙に冴えて、寝付けそうにない。
「おい、バーダック。寝てんのか?今日はお前の番だろうが」
「ああ?」
仲間の声に、ぐるりと頭を回して答える。戦闘員にしては太りすぎの仲間、パンプーキンが、
にやにやと野卑な笑いを浮かべていた。
「セリパだよ。昨日がトテッポだったろ?今日はお前だ」
「……ああ」
バーダックは、ぼんやりと、気のない返事を返した。
セリパは、バーダックが属するグループ内で唯一の女戦闘員である。最も、戦闘力には
大して期待されていない。セリパに限らず、サイヤ人の女が戦場に同行すれば、期待される
ことは一つ、他の戦闘員の性欲処理だけだ。孕めば惑星ベジータに送還され、誰が父親とも
分からぬ子を産み落とす。
哀れなものだ―――いつだったか、ある女戦闘員にそう言うと、一笑に付された。
『そう悪かないよ。強い男ととっかえひっかえ楽しめるんだから。あんた達男と違って、
命張って闘わなくても食っていけるしね』
実にあっけらかんと、女は言った。うじうじと嘆かない、さっぱりしてなかなかいい女だった。
今度あの女が孕んだのは、どうやらバーダックの子らしい。彼にとっては二人目の子になる。
知らせを聞いたときは、それなりに嬉しかった。そうか、俺の子か、と。あのとき、女は
バーダックにこうも言ったのだ。
『それにね、知ってる?大勢の男に犯された女が孕むのは、一番強い男の子どもなんだって』
だが、それさえも、今は。
―――どうだっていい。
「早く行けよ。セリパが待ってんぞ」
「気が乗らねぇ。トーマに行かせろよ」
「何だ?どっか悪ぃのか?」
「かもしんねぇ」
バーダックは話の相手をするのも面倒になり、起き上がってその場を去ろうとした。
そして、枕にしていた異星人を、そっと見下ろす。自分たちとは似ても似つかない姿をした、
醜い死骸。動物の骸としか思えない。同情などない、ただ。
―――こいつらは弱すぎる。
目の前のものが、気功弾を撃つまでもなく、拳一つで身体を貫かれ、あっけなく死んでいった様を思い起こす。
こんなものをいくら殺したからって、何だっていうんだ。強いだと、笑わせる。
「どこ行くんだよ」
「うるせぇ」
眠れねぇんだ、と言いかけた言葉を飲み込んで、バーダックはあてもなく歩き出した。
「眠れないって?」
不意に声をかけられ、バーダックは振り返った。勝手に入り込んだ小さな家屋。その厨房を荒らし、
酒とおぼしき飲み物を拝借しているところだった。立っていたのは、セリパだ。小さな身体をすっぽりと
覆う布を一枚だけ羽織って、玄関口に寄りかかっている。
情事の後らしく、少女のような痩躯には不似合いな色香が立ち上っていた。
「誰が言ってた」
「パンプーキン。あんたが言ったんじゃないの?」
言ってねぇ、と一言答えて、酒をあおった。あの野郎、変なところで勘がいいなと、バーダックは小さく
苦笑する。それを優しさと呼ぶ習慣は、彼らサイヤ人にはなかった。
「どうしたのさ。らしくもない」
セリパは素足でひょこひょことバーダックに歩み寄り、彼の傍らに腰掛けた。途中、この家の住人だったらしい
異星人の死体を一つ、またいで。
『らしくもない』とは、セリパとの性交を断ったこと、戦闘の後でふらふらと出歩くこと、両方に対して
だろう。普段のバーダックは、食欲も性欲も人一倍旺盛で、セックスの順番をパスすることなどまずない。
また、暴れるだけ暴れたら、遊びつかれた子どものように寝こけるのが常である。
「トーマも、心配してたよ」
組んだ膝の上に頬杖をついて、セリパがぼんやりと呟く。バーダックは答えずに、再び酒を喉に流し込んだ。
「……ああ、畜生。ろくな酒がねぇ」
苦々しく吐き捨て、酒の入った容器を床に叩きつける。容器は割れ、透明の液体が飛び散った。
「まずいの?」
「薄い。水っていわれたほうがまだ信じらぁ。こんなもんで酔えたのか、こいつら」
バーダックはちらりと、セリパがまたいだ死体に目を落とす。彼女はその視線を目敏く捉えた。
「バカだね、可哀想だとでも思ってんの?こいつらに同情し始めたら、戦闘員としちゃおしまいだよ」
「勝手に決めんな。可哀想だなんて誰が言った」
冷ややかな目線は、いつもの彼そのものだ。そのことに、セリパは安堵を覚えた。
「俺は下級戦士だ。上から言われりゃどこの星でも行って、元いた奴等を皆殺しにするのが仕事だ。
同情なんかしてる暇あるか。……ただ」
バーダックは拳を握り締めた。数時間前の感覚がまざまざと甦える。たった一発殴ったつもりが、
あっさりと腹を貫かれて死んでいった、あの脆弱な生き物。
「こいつらが弱すぎたせいだ。俺がしていることは何だ?ガキよりまだ弱い、こんな奴等を殺し続けるのか。
いつまで?虫けらを踏み散らすような、こんなつまんねぇことしか、俺はできねぇのか」
無力感。バーダックを捕らえている魔物が、セリパにははっきりと見えた。彼は強くなりすぎたのだ。
下級戦士にしては戦闘力の伸びがずば抜けていると、ついこの間、医療チームが驚いていた。
ならば、もっとやりがいのある仕事を任されればいいのだが、絶対にそうはならない。
サイヤ人は生まれたときに戦闘力を計測され、厳密に階級を分けられる。大半は下級戦士に分類され、
遅かれ早かれ、大した障害のない星の侵略を任される。その過程で戦闘力が上がったとしても、
階級が上がることはない。下級戦士は死ぬまで、下級戦士なのだ。
「段違いに強ぇ奴等の星に送られて、ずたずたに殺されるほうがまだ気が利いてるぜ」
「だったら、上級戦士の子どもを作ってみれば?」
思いがけない返しに、バーダックは眉を上げた。セリパはふふっと妖艶に笑う。
「生まれたときから戦闘力の高い子ども……それさえできりゃ、その子が親父の代わりに、強い奴等と
やり合ってくれるんじゃないの?」
「そんなガキが簡単にできてたまるか。ラディッツの戦闘力、知ってんだろ。ゴミ以下だ」
「あのときのあんたと今のあんたじゃ、戦闘力が10倍は違う。この星で、そんなおセンチな悩み抱えてる余裕
なかったはずだよ。それに……あたしも、ラディッツの母親よりは強いよ。10倍とはいかないけど」
バーダックの胸に小さな衝撃が走る。女の戦闘力など似たり寄ったりで、気に留めたこともなかったが、
そういえばセリパは他の女戦闘員に比べれば良い働きをする。今日程度の星なら、セリパ一人でも、時間を
かければ何とかなっただろう。
細いが、綺麗に筋肉のついた彼女の四肢を、バーダックは改めて眺める。なるほど、そう弱くはなさそうだ。
そんな理由で女に欲情するのは、初めてのことだった。
「……お前、今トーマとしてきたところだろ」
「いけないかい?」
「いや」
バーダックは、セリパの毛布に手を掛けると、一気に剥ぎ取った。華奢な身体にそぐわぬ豊かな乳房が、
うっすらと桃色に染まっている。トーマに抱かれた名残だろう。
『大勢の男に犯された女が孕むのは、一番強い男の子どもなんだって』
バーダックはぬるりと上唇を舐めた。
「上等だ」
少なくとも、この星よりは。バーダックは口付けもないまま、セリパの身体を貪り始めた。
「くっ……ふ……」
乳房をつかんだまま、先端を舌でこねくり回してやると、セリパは意外なほどの反応を見せた。
切れ長の目は黒々と潤み、唇からは熱い息が小刻みに漏れている。いつもはとにかく「出す」ことに夢中で、
目をくれたこともなかったが、なかなか良い顔だ。バーダックは面白くなって、遊んでいた片方の手で
セリパの中心を弄んだ。
「ふぁっ……!!」
ずるりと指を入れると、セリパの中は予想に反して、ほとんど湿っていなかった。トーマに抱かれた後で
水浴びをしたのだろうが、それにしても乾きすぎている。
―――あの野郎、てめぇだけさっさといきやがったな。
バーダックは仲間の顔を思い浮かべて小さく笑った。バーダック自身とてそれが常なのだから、嘲笑うつもりはない。
ただ、今日ばかりは、何故だかそのことが小気味良く感じられた。こんなセリパを、自分しか知らない。
指を曲げて、慎重にその場所を探す。噂では確か、そう深くないところにあるはずだ。
「……っぁ……何、してんだい……」
セリパの顔が、不安げに歪む。前戯に時間をかけられるのは初めてなのだろう。それなら、これからすることも
初めてのはずだ。バーダックのなかで、得体の知れない歓喜が沸き起こった。何人の男に抱かれたことか、
彼女自身さえ知らないような、こんな女に、独占欲を感じるなど、思ってもみなかった。
「ひあっ……!!やっ……駄目、だ」
―――ここか。
バーダックはにやりと唇の端を上げ、その場所を攻め立てた。
「うああぁっ!!やめ、ろ、やだ、あ、あ、あっ!!」
足掻く身体を押さえつけ、刺激を続ける。払いのけようとしているのか、セリパはバーダックの手首をつかんだが、
強靭な腕はびくともしない。
「……死……ぬっ……!!」
果てる瞬間、セリパは確かにそう口走った。指を引き抜き、彼女の残滓を味わう。甘やかだが煽情的な香りが
鼻腔をついた。悪くない味だ。苦しげな吐息の下で、セリパが睨むようにバーダックを見上げる。
「あんた、今日……変だよ」
「ああ、そうだな」
まったく、変だ。どうかしている。バーダックは喉の奥で笑い、セリパを見下ろした。
「脚、開けよ。孕みてぇんだろ?」
「それは、あんたが……」
「欲しくねぇのか?」
バーダックは誇示するように、そそり立った男根を見せつけた。あさましく脈打つそれは、まるで欲望の塊
そのものだった。セリパは息を飲み、目を逸らす。まともに見たのは初めてだったのかもしれない。
生娘のように頬を染めて俯くと、セリパは恐る恐る大腿を開いた。
「……あんまり……変に、しないでおくれよ」
「さあな」
抗議しかけたセリパの唇は、挿入の痛みに震え、叫んだ。
突き入れられ、セリパの背が高く反る。逃れようとした細い腰をつかみ、深々と中を抉った。
先端に何かが突き当たっているのを感じる。恐らく、これが。
「ひあぁぁっ!!あぁっ!!あ……!!」
―――ガキが宿る場所か。
狂ったように喚くセリパの声に構わず、バーダックはその不思議な感触を楽しむ。その都度、セリパの身体は
哀れなほどの反応を示した。
「やめろ、もう、や、だ、あぁ、バーダック……!!」
「だらしねぇな。誘ったのはお前だろうが」
バーダックは、捕らえた獲物をいたぶる肉食獣の瞳でセリパを嘲笑った。もう十分に達することができるものを、
敢えて抑え込み、セリパを犯し続ける。その細い小さな身体に、消えることのない記憶を刻み付けるために。
「孕めよ。俺の子どもを」
―――誰よりも強い、強い子どもを。
その子はひたすらに高みを目指すだろう。泥にまみれた地で朽ち果てることなく、ただ空を見上げて。
「あっ、あ……あアァァッ!!」
がくがくと、突き崩すように細い腰を揺さぶりながら、バーダックは目を見開いた。そうして、女の身体の
最奥を突き上げ、精を放つ。
瞬間、バーダックは確かに見た。突き抜けるように澄んだ、眩しいほどの青色を。それが蒼天の色だと、
荒んだ星の空しか見たことのない彼には分からなかった。
「おう。いい格好だな」
苦笑混じりのトーマの声に、バーダックは目を覚ました。それから初めて、自分が裸のまま眠っていたことに気付く。
寝ぼけ眼で見渡せば、隣には同様に一糸纏わぬ姿のセリパが眠りこけていた。
「さっさとそれ起こして、戻ってこいよ。次の指令が来てる」
「どこだ」
「カナッサ星。期限は明後日までだとよ」
「明後日?!冗談じゃねぇ、ここから一旦帰るだけで明日になっちまうぞ」
「だから、ここから直接行けってこったろ」
「休みもなしでか。笑わせやがる」
バーダックは戦闘服に袖を通し、新しい酒瓶を開けた。相変わらず水っぽい酒だが、寝起きには悪くない。
「もっとも、お前は頼めば帰らせてもらえるかもしれないがな」
「どうして」
にやにやと笑うトーマの意図が、バーダックには分からなかった。怪訝に思って顔をしかめるバーダックに、
トーマがおもむろに告げた。
「さっき生まれたとよ、お前のガキ。また男だそうだ。休みがてら、会いに行ってやったらどうだ?」
―――さっきだと?
バーダックは思わず、足元に転がったセリパの身体を見下ろした。
―――まさか。そんなことが。
「お前がその気なら、俺からも頼んでやるぜ」
「……いや」
はやりかけた心を、バーダックは抑え込んだ。
生まれた子の母親はセリパではない。面白い女だったが、戦闘面はラディッツの母親同様、からきしだった。
仮に、「あの瞬間(とき)」に生まれた子どもだったとしても。それが一体何だというのだ。
「俺もカナッサへ行く。ここと同じ骨のねぇ星だろうが、最下級戦士の糞ガキ見るよりは、
面白ぇだろうからな」
見上げれば、この腕一本も通らぬような小さな窓の中に、淀みきった赤い空。
―――そう悪かねぇさ。
バーダックは、生まれた子どもの母親を真似るように、呟いた。
END
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